環境を変えて、未知と出会い、新たなモチベーションを見つける——元マッキンゼー杉浦由佳さんの生き方

株式会社ベースミーCEOの勝見によるインタビュー企画「Kimmy’s Interview」。

今回のゲストは、実は勝見が会社を立ち上げた初期に構想を語り合った友人でもある、杉浦由佳さんだ。東京大学大学院で生態学を修め、新卒で経営コンサルティングの大手・マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。その後、WWF(世界自然保護基金)のインドとオランダのオフィスで自然保護の最前線に立ち、再びマッキンゼーへ戻った。そして今、彼女はマッキンゼーを離れ、自然保護に関するプロジェクトをケニアで立ち上げようとしている。

将来が約束された環境を飛び出し、自らの想いを形にしようとするその決断の裏には、一貫した“自然への愛”と、環境を変えることを厭わない攻めの姿勢があった。

杉浦由佳 さん
東京大学出身。新卒でマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社した後
自然保護NGOであるWWFのインド・オランダオフィスで活動。
現在はマッキンゼーを退職し、ケニアで自然保護プロジェクトの立ち上げを準備中。

1. 幼少期:自然に対する愛の発現

杉浦さんの“自然への愛”は、早くも幼稚園のころから芽生えていた。

「当時通っていた幼稚園は、すごく広大な自然というわけではなかったけれど、外で遊ぶ場所があって、木も生えていたんです。そういう場所で自然と触れ合うことも多かったし、アスレチックのような遊びも好きでした。自然の中を歩くのも、大好きでしたね。」

幼いころの彼女のそばには、いつも“自然”があった。

2. 小学生時代:「絶滅していく動物に何かをしたい」——“好き”が意識に変わった瞬間

小学校に上がると、杉浦さんは真面目で素直な性格を発揮する。「やりなさいと言われたらやる」という姿勢で勉強にも取り組み、成績も良かったという。そんななか、彼女の自然に対する興味は加速度的に増していった。

「子どものころから動物が好きだったんですよ。小学校の高学年くらいになると、家族の影響もあってどんどん好きになっていって。ペットみたいな身近な動物も好きでしたし、ドキュメンタリーで見るような、遠くの自然や大きな動物、変わった生き物にすごく憧れていました。」

その“好き”は、やがて小さな問題意識へと変わっていく。

「小学校の課題で、動物や自然について調べることが多かったんです。絶滅危惧種がいますとか、環境が破壊されていますとか、そういうテーマで作文を書くなかで、『動物が好きだから、このままじゃ嫌だな』という思いを抱きました。」

幼い彼女の中に、自然を守りたいという気持ちが確かに芽生え始めていた。

3. 中高時代:ワイルドライフマネージャーとの出会い

中学生になった彼女の人生に、決定的な出来事が訪れる。

「中学2年か3年のころだったと思います。学校の帰りに大きな本屋さんに寄ったとき、職業図鑑のような本を開いたら、“ワイルドライフマネージャー”という職業が載っていて。日本ではあまり知られていないけれど、自然のあり方を理論的に理解し、それを戦略的に管理する専門職が海外にはある、という小さなコラムでした。それを読んで、『自然を“管理する”という考え方があるんだ』と初めて知ったんです。海外ではそんな職業があるんだ、ってすごく驚きましたね。」

そのページを読んだ瞬間、杉浦さんは確信する。

「『この仕事、すごくいいな』って直感的に思って。そこから『私、自然と関わる仕事がしたいな』って強く思うようになりました。」

そして高校3年の時、彼女は進路を決定づける学問と出会う。

「生物を勉強していく中で“生態学”という分野に出会ったんです。高3のときに入門書を読んだら、それがめちゃくちゃ面白くて。“これだ、生態学だ!”ってなりましたね。ワイルドライフマネジメントとか自然保護の仕事をしたいなら、“生態学を学べばいいんだ”ってすごく納得できたんです。」

この出会いによって、彼女の中でワイルドライフマネージャーという“夢”が現実の輪郭を持ちはじめた。

4. 大学時代:生態学の学びと留学——視野の急拡大期

大学受験を経て、東京大学に入学した杉浦さん。入学して最初に受けた授業は、生態学だったという。大学院に進学した後も、生態学を専門に学び続けた。

大学院生として研究に打ち込みながら、彼女はアメリカへの留学を決断をした。

「トビタテ!留学JAPAN*の奨学金をいただいて、アメリカ・シアトルに1年弱、交換留学しました。もともと“ワイルドライフ・コンサベーション(野生動物保全)”をテーマに留学したいと思っていて、実際に現地でもその分野のプログラムをたくさん受けました。」

シアトルでの日々は、彼女にとって“現場”を知る時間だった。

「アメリカって国立公園が多いじゃないですか。土地がとにかく広大で、いろんなフィールドがあるんです。フィールドワークにも参加して、すごく楽しかったですね。」

そこで彼女は、自然保護に関わる人々の多様さに驚かされる。

「NGOの人の人や研究者、また、スタートアップの方と話したりもしていました。シアトルはアマゾンやスターバックス、ボーイングなど歴史のある企業から先進的な企業まで、様々な企業が混ざり合っている魅力的な都市でアントレプレナーシップの文化も強いんです。環境保全に様々な形で関わる人たちを見て、“こういう関わり方もあるんだ”と純粋に面白かったですね。」

その他 、気候変動の国際会議(COP)にも参加。企業が大規模なブースでプレゼンテーションを行う姿を目の当たりにし、「企業には環境保全に対して大きな影響力がある」と感じたという。
留学を含む海外での経験を経て、彼女の視野は確実に広がっていった。

※「トビタテ!留学JAPAN」:文部科学省が主導する官民協働の奨学金制度。意欲ある学生の海外留学を支援している。

5. マッキンゼーとWWFでの経験

留学から帰ったタイミングで、杉浦さんは就職活動に臨んだ。

自然保護の仕事がしたい ーその思いは一貫していた。

しかし、新卒で直接自然保護の世界に飛び込むのは、現実的に難しかった。

「普通の就活だと、新卒1年目がサステナビリティの部署にすぐ行ける企業ってほとんどないじゃないですか。そこで、どの会社ならその領域に最短で近づけるかを、オファーをいただいた中から考えました。その選択肢の中で、コンサルはプロジェクトが数ヶ月単位で回っていくので、運が良ければ早いうちにサステナ系のプロジェクトにアサインしてもらえるかもしれない、と思ったんです。」

こうした考えから、彼女は、経営コンサルのマッキンゼー・アンド・カンパニーへの入社を決めた。

新卒として、ゼロからビジネススキルを叩き込まれる2年間を過ごしたのち、杉浦さんはある決断を下す。かねてから目指していた自然保護の最前線——WWF(世界自然保護基金)への転職だった。

そしてWWFでは、日本を出て、インドとオランダのオフィスで自然保護の最前線に立った。

「NGOで自然保護の仕事を本格的にやれたんです。めちゃめちゃ面白くて、やっぱり好きなことをやるのは楽しいなと感じました。現場に入ると、専門性がどれほど大事かが本当によくわかるんですよね。自分の興味もより明確になって、自然保護の中で“何をしたいのか”が見えてきて。自分は、自然保護の専門家としてキャリアを歩んでいきたいと思えた時間でした。」

WWFでの刺激的な日々を経て、杉浦さんは再びッキンゼーに戻る。
「好き」を「挑戦」にする時が、杉浦さんに刻一刻と迫っていた。

6. ケニアへ——現場で”好き”を貫く

今、杉浦さんはマッキンゼーを辞め、ケニアで自然保護に関するプロジェクトを立ち上げようとしている。

「挑戦が遅すぎるということはないと思うんですけど、これ以上待っていたら、自分の中のモヤモヤが大きくなりすぎる気がして。だから、挑戦することに決めました。」

その率直な思いが、彼女の背中を押した。

彼女が目指すのは、現場で生きる“コンサベーショニスト”としての活動だ。

「私が今すごく関心があるのは、自然保護の活動家のような存在になることなんです。理論で語るだけではなく、現場を知っている人になりたい。現場にはどんな人がいて、何をしていて、どんな困難があるのか。環境問題を解決する難しさを理解したうえで、それを政策決定でもビジネスでもいいので、上のレイヤーに引き上げていける人になりたいと思っていて。」

向かうのは、ケニアのマサイ族のコミュニティ。
それは、以前の訪問で彼女の価値観を揺さぶった人々の暮らしだ。

「初めてのケニア訪問は、今はWildlife Venturesというソーシャルビジネスを立ちあげている米田耕太郎という友達に同行したときでした。彼がマサイ族のコミュニティが運営する自然保護区と協働して活動していて、そのつながりで保護区にしばらく滞在したんです。彼らは自然と隣り合わせで暮らしているから、自然への理解や知見が本当に深くて。特に地域の自然保護区の職員が、“この自然を守りたい”という強い、真剣な想いで仕事に向き合っていて、私はそれにすごく感化されました。本当に自然を守っているのは、この人たちなんだなって。理論だけで語る人ではなく、現場でリスクを背負いながら守っているのは彼らだと感じたんです。お給料も決して高くない、むしろかなり低いのに、『自然が大事だ』と言い続けている。その姿が、本当にかっこよくて、素敵で。」

その出会いによって、彼女の目指す姿もより明確になった。

「もっと、自然保護の最前線に立っている人たちが世の中に受け入れられてほしいし、政策の意思決定にもきちんと声が届いてほしいし、お金も回ってきてほしい。ちゃんと良いステータスを持っていてほしい。そうじゃないと自然保護って、上だけで議論しても実現できない。だから、そういう人たちと一緒に働きたいと思うんです。生計も成り立たせながら、自然の保護も両立させる。その方法を彼らと一緒に考えていきたい。」

勇気はいる。不安もある。それでも杉浦さんは、迷いを振り払うように笑った。

「でも、ほんと好きなんですよ。現場でこそできる活動も好きだし、あの人たちのリーダーシップも好きだし、風景としての自然も好きだし。」

幼い頃から変わらず抱いてきた“好き”という感情。
その“好き”を仕事にするために—杉浦さんは、未知の環境へと歩み出そうとしている。

7.未知との出会いが価値観を崩し、新たなモチベーションを生み出す

インタビューの最後、杉浦さんは若い世代へのメッセージとして、こう語った。

「私がいつも伝えているのは、いろんな可能性を知っておくことの大切さなんです。『こういう仕事をやりたい』と思っていても、その仕事に辿り着く手段って一つじゃない。いろんな方向から行けるし、自分が思っていないルートだってある。そして実は、自分が今まで見てこなかったような組織でも、『あれ、意外とこの仕事ってここでもできるんだ』ということがあるんですよ。ただ、その可能性って、普段からオープンな姿勢でいないと絶対に気づけない。『これは関係なさそうだから話を聞かなくていいや』と閉じちゃうと、知らないまま終わってしまって、世界が広がらない。だからこそ、オープンになって、いろんなことを“聞く・知る・話す”。 できれば自分から人に声をかけて話を聞きにいくこと——それが本当に役に立つと思います。」

そして、自身の経験を振り返りながら、こう続けた。

「海外に行った時って、毎回すごく面白かったんですよ。価値観が崩される“仕方”が全部違うんです。場所も違うし、期間も違うし、その時の自分の立場も違うから。価値観が崩されて視野が広がって、また新しいモチベーションになる——私は多分、そのプロセスがすごく好きで。」

環境を変え、未知と出会い、価値観を揺さぶられながら、新たなモチベーションを生み出す。
杉浦由佳さんの生き方は、幼い頃から変わらず持ち続けている「好き」という軸を中心に、絶えず変化し続けることで進化してきた。

彼女がこれからケニアでどんな挑戦をし、どんな新しい景色を見せてくれるのか。
その未来を想像すると、期待せずにはいられない。

8. 筆者の感想

「価値観が崩されて視野が広がって、また新しいモチベーションになる——私は多分、そのプロセスがすごく好きで。」

筆者は、この言葉が強く印象に残っている。
未知の環境に飛び込み、新たな挑戦をする。自らに負荷をかける場面が、人が成長をする上では不可欠なのだ。自分に負荷がかからないコンフォートゾーンにずっといると、思考力、体力ともに落ちてしまう。

筆者は最近、筋トレを始めた。筋トレによって、筋肉が増えるプロセスはざっくり言うと「壊す→直す→強く直す」。筋繊維を、筋トレによって物理的に破壊することで、カラダが「修復しなきゃ!」モードに入り、「このままの強度じゃ足りない。次同じ負荷が来ても耐えられるようにしておこう」となって、以前より太い筋肉を生成する。このプロセスが、筋トレのカラクリである。

これは、人間トレーニングならぬ、人トレでも同じではないか?ある程度の負荷を、自らに定期的にかけることによって、「今のままじゃダメだ!」となり、努力を重ね、成長することができる。コンフォートゾーンを脱し、新たな挑戦をすることが、人が成長し続けるために必要なことなのだ。

そして何より、成長した自分はすごくかっこいい。筋トレ後、体が大きくなった自分が世界で一番かっこいい男だと思えるようにだ。

皆さんも、新たな環境に飛び込んでみて、人トレしてみてはいかがだろうか?