インターホールディングス代表の成井五久実さん。28歳でキュレーションメディア事業を立ち上げ、わずか9カ月で業界大手・ベクトルグループに事業を売却した。立ち上げから収益化、そしてM&Aまでを一気に駆け抜けたスピード感は、当時のスタートアップ業界でも異例だった。
その後はベクトルグループ傘下の子会社社長として5年間、事業拡大を牽引。35歳で再び起業し、現在は真空技術を活用したフードロス解決事業を手がけている。
成井さんのキャリアを貫くのは、「徹底的な目標設定」と「150%の今を生きる」という行動原則だ。DeNAでの挫折を糧に、トレンダーズでは営業MVPを連続受賞。起業準備は土日の半年間で完遂し、業界が揺れたタイミングでは迷わずM&Aを決断した。先を見据えて計画を立て、目の前の仕事に全力で向き合う。
その積み重ねこそが、成井さんのキャリアを前進させてきた。

成井五久実 (なるい・いくみ)さん
株式会社インターホールディングス代表取締役社長。
東京女子大学卒業後、DeNAに新卒入社。
その後トレンダーズにてPR・マーケティングを担当した後、28歳でJIONを設立。
設立1年でベクトルに事業売却し、ベクトルグループ傘下のスマートメディア社長を務める傍ら、2022年6月よりインターホールディングスの代表取締役に就任。
女性起業家を支援する活動にも従事している。
原点:苦しい中で、母の姿が教えてくれたこと
成井さんの父親は、ゴルフ場建設事業を手がける経営者だった。バブル期の波に乗って国内外を飛び回り、仕事の拠点が変わるたびに家族も転居を繰り返した。
横浜、東京、福島、徳島——地元という概念がないまま、成井さんは新しい土地に行くたびに人との関係を築く力を磨いていった。
「引っ越しが多かった分、コミュニケーション能力は早いうちから身についた気がします。どんな土地にも順応して、馴染まないといけないじゃないですか。だから、自分からオープンマインドにして、友達を作るようにしていました。加えて当時は、クラス委員や応援団長など、リーダー役をやりたがるタイプで。自ら手を挙げて動く、主体性のある子どもでした。」
しかし、中学2年生のとき、状況は一変する。父の会社が倒産し、家族は東京から福島へと移り住むことになった。父がうつ病を患い家庭の空気が一変する中で、成井さん自身も福島での新しい生活にうまく馴染めず、息苦しさを感じていたという。
「東京って割と進んでるんで、みんな主体性があって、私のようなタイプも特に目立たなかったんです。でも福島に戻ったら、そういうタイプの子があまりいなくて、少し浮いてしまって。中学生のときに女子特有のいじめや、仲間外れにされることもありました。コミュニケーションを意識してきた私だったのに、そのコミュニケーションでつまずくということが起きて。家庭もすごく大変で、学校でも自分が自分らしくいられない。本当に苦しい時期だったと思います。」
そんな中で動いたのが母だった。元々、子育てをしながら大学院に通い、カウンセラー資格を取得していた母が、自身のカウンセリングルームを立ち上げ、家族を経済的にも精神的にも支えていったのだ。
「母は、裕福な父と結婚して、本当は専業主婦になってもよかった立場だったんです。それでも自分のやりたいことを諦めず、子どもを育てながら着実にキャリアを築いていました。その姿を見て、女性であってもキャリアを持つことの大切さを強く感じました。私もいつかそんなふうになりたい——そう思ったことが、今のキャリアにつながっていると思います。」
会社の倒産やいじめなど、いくつもの困難の中で、成井さんが目にしたのは“環境を変える力”を持つ母の背中だった。その姿が、後の起業という選択の原点となった。
大学と就職:DeNAで学ぶと決めた、“起業への助走”
高校時代、成井さんは受験勉強に集中し、東京女子大学へ進学。大学2年の春、東京大学の起業サークル「TNK」に加入した。
「ちょうど学生起業ブームの走りの時代で、TNK主催の講演会にDeNA創業者の南場智子さんが来ていたんです。『女性でも起業できるんだ』という衝撃とともに、強い憧れを抱きました。」
ただ、当時の成井さんには「やりたい事業」がなかった。サークルの仲間たちはそれぞれ社会に対する問題意識や事業テーマを持っていたが、成井さんは「起業そのもの」が目的になっていたという。
「当時の私は、起業すること自体がゴールになっていたんです。そこで、やりたいことが見つからないなら、自分が理想とする未来をすでに実現している人のそばで学べばいいと思って。そう考えたときに思い浮かんだのが南場さんでした。南場さんが作ったDeNAで、社会人としての基礎を一から学びながら、やりたいことを見つけようと思ったんです。」
こうして成井さんはDeNAに新卒入社する。
「20代で起業したいというのは、ずっと決めていたんです。だから社会人生活の最初の6年間は、そのための準備期間だと思っていました。DeNAで、当時の自分に足りていなかった営業力と新規事業の経験をしっかり積んでから、30歳手前で起業する——そんな構想をしていましたね。」
「20代で起業する」という目標を軸に、成井さんはDeNAに入社した。
DeNAの挫折:凡人の自覚と”横のつながり”の価値
DeNAに入社してすぐ、成井さんは“自分の現在地”を思い知らされた。周囲には、大手企業の内定を蹴って入社してきた優秀な人材がずらり。営業成績は思うように伸びず、希望していた新規事業部への道も見えなかった。
「周囲の人たちの優秀さに打ちひしがれました。あの時代、DeNAに大手を蹴って入ってくる人たちは、錚々たるアントレプレナーシップの持ち主ばかりで。その中で全然目立つことができなかったんです。学生時代には営業のインターン経験もあったりしたので、多少の自信はあったんですが、結果は全然出なくて。そのとき、“自分は凡人なんだな”って痛感しました。」
それでも、成井さんはこの3年間を“失敗”とは捉えなかった。DeNAで出会った優秀な同期の存在が、常に刺激となり、自分を奮い立たせてくれたからだ。
「唯一良かったことといえば、優秀な仲間ができたことだと思っています。同期の男の子が10億、20億規模の投資をする新規事業のリーダーを任されていたんです。優秀な人たちへの焦燥感や嫉妬もありましたが、同時に“自分も頑張らなきゃ”と思わせてくれる存在でした。今でも、彼らの存在が私のモチベーションの源になっています。」
そんな同期の活躍に刺激を受けながらも、成井さんは再び“逆算思考”で自分のキャリアを見つめ直す。
「DeNAは本当に優秀な人が多かったんです。そこで自分の評価を客観的に見直してみたとき、新規事業部に3年以内に配属される未来は見えませんでした。だから、もっと少人数でスピード感を持って動けるベンチャーに行って、新規事業の経験を積もうと転職を決めました。」
こうして、成井さんは上場直後のトレンダーズへ。
新しい環境で、自分の可能性をもう一度試そうとしていた。
トレンダーズ:営業でMVP連続受賞→新規事業部への異動を勝ち取る
成井さんは、DeNAで思うように結果を出せなかった自分を奮い立たせるように、強い覚悟でトレンダーズに入社した。
「DeNAで活躍できなかった自分が、社会で通用するのか。ここで自分の価値を証明しなきゃいけないと思っていました。不安もありましたけど、背水の陣のつもりで挑みましたね。」
その決意の通り、成井さんは営業でMVPを連続受賞。数字で成果を出すことで、自信と信頼を積み重ねていった。
一方で、DeNA時代から目標にしていた新規事業部への異動はまだ約束されていなかったという。それでも成井さんは、結果で道を切り拓こうと動き出す。
「『新規事業に行くためにはどうしたらいいですか?』って、岡本社長に直談判しに行ったんです。すると、『半年で3,000万円の粗利益を出せたら異動させてあげる』と言われて。その約束を取り付けたあとは、全力で営業に打ち込みました。結果として、粗利3,000万円を達成し、新規事業部への異動を勝ち取ることができました。」
目標を定量化し、全力でやり切る——まさに、成井さんのスタイルそのものだ。
異動後もその姿勢は変わらず、新規事業部ではキュレーションメディア*1の立ち上げに携わり、営業とメディア運営の両輪を回す実務経験を重ねていった。
※1 キュレーションメディア:インターネット上の情報を収集・整理し、特定のテーマに沿って再編集・発信するメディア(例:antenna、MERYなど)。
初起業:用意周到な準備と、会社を手放す決断
トレンダーズ3年目、成井さんは起業準備を始めた。そこには、用意周到な計画と、起業サークルやDeNA時代に築いた人とのつながりがあった。
「TNK時代のインターン生や大学生の方に協力してもらいながら、土日と夜の業務外の時間を使って、半年間かけて準備を進めました。メディア運営にはCMSが必要だったので、すでにキュレーションメディア 事業で起業していたDeNAの同期にも協力してもらって。人・モノ・カネの調達は、6年間で築いた大学・DeNA時代のつながりが支えてくれました。」
最終的に、成井さんは28歳で起業する。営業とメディア運営の両輪で積み上げてきた経験を生かし、キュレーションメディアを立ち上げる。立ち上げから半年で3,000〜4,000万円の売り上げを積み上げ、パナソニックなど大手企業からも受注を勝ち取ることができた。
しかし9カ月後、業界に激震が走る。DeNAで起きた「キュレーションメディアショック」*2 により、市場が一気に冷え込んだのだ。変化の兆しを敏感に感じ取った成井さんは、事業を守るために、大手グループの傘下に入るという決断を下した。
「やっと起業できたところで、会社を手放すのは本当に苦渋の決断でした。でも、父の会社の倒産を見てきたからこそ、潮目を読むことの大切さを痛感していました。事業を続けるためには、大手資本の傘下に入るべきだと判断し、即断即決しました。」
こうして、成井さんは立ち上げからわずか9カ月で、ベクトルグループへのM&Aを成立させる。過去の成功に“しがみつかない”この決断が、彼女のキャリアをさらに加速させていった。
※2 キュレーションメディアショック:2016年にDeNAが運営する医療系サイト「WELQ」などの誤情報掲載問題を発端として、キュレーションメディア全体の信頼性が社会的に問われた一連の騒動のこと。多くの類似サイトが閉鎖に追い込まれ、ネットメディア業界における情報の正確性・著作権意識の転換点となった。
ベクトル合流後の5年で得た“経営者としての再成長
ベクトルグループへの合流後、本来であればロックアップ(売却後の在籍義務)は1年だった。それでも成井さんは、気づけば5年間ベクトルに在籍していたという。理由はシンプルで「楽しかった」から。
「ロックアップは1年だったんですけど、結果的に5年もベクトルにいました。純粋にすごく楽しかったですね。最初は女の子5人の会社だったのが、ベクトルグループに入った後、いろんな経営統合を経て、最終的には50人の会社を任されることになって。その経営経験自体が、自分にとってはプライスレスなものでした。」
ベクトルでの5年間は、まさに経営者として“再成長”した期間だった。1度目の起業で得た知識と実績を土台に、より大きなスケールの組織運営に挑戦。子会社の上場を視野に、事業拡大とマネジメントの実務を積み重ねていった。
再起業:社会貢献をテーマに、「真空×フードロス」でサプライチェーンを変える
ベクトルで子会社社長を5年務めたのち、35歳で成井さんは再び起業を決める。次に掲げたテーマは「社会貢献」だった。
「社会貢献を軸に事業を考え始めたとき、母が手がけていたメンタルヘルス事業を思い出したんです。あれは本当に社会貢献性の高い仕事だったなと改めて感じていて。それもあって、これからの人生は、社会に貢献できる事業に全振りしようと決めました。そこで立ち上げたのが、現在のインターホールディングスです。」
現在、成井さんが手がけるのは、真空技術を活用したフードロス解決事業。真空包装によって食品の賞味期限を延ばし、輸送中の腐敗を防ぐことで、物流段階での食品廃棄を削減する。温暖化による輸送時の品質劣化が進むなか、この技術は“食糧危機を支えるインフラ”になると成井さんは語る。
「インターホールディングスでは、真空の特許技術を活用してフードロスを解決し、食品サプライチェーンに変革を起こそうとしています。真空の包装材に食べ物を詰めると、賞味期限が大幅に延びるんです。それを物流のスタンダードにできれば、輸送中の腐敗を防ぎ、食料を安定的に世界中へ届けられる。今後訪れるかもしれない食糧危機に備えるインフラになりうると考え、まったく新しい分野への挑戦を決めました。」
また、成井さんが技術系の事業を選んだ背景には、PR業界で培った課題意識があった。
「日本って“技術大国”と呼ばれてきたし、今でもそう信じています。でも実際には、日の目を見ていない、社会実装されていない技術がたくさんあるんです。PRを通じていろんな会社のテクノロジーを見てきて、『こんなにすごいのに知られていない』という機会損失を何度も感じてきました。“いいものを世の中に広める”というのは、ベクトル時代から変わらない私の信念です。だからこそ今度は、自分自身が“ものを持つ側”に回って挑戦してみようと思ったんです。」
「逆算」と「今を150%でやり切る」——成井五久さんのキャリア哲学
成井さんのキャリアを支えたのは、徹底した逆算思考だ。成井さんは「20代のうちに起業する」と決め、実際に28歳で起業した。
「やっぱり期限を決めることが大事だと思っていて。漠然と“いつか起業したい”だと、ここまでは来られなかったと思うんです。私の場合、30代では結婚や出産といったライフイベントもある。だから20代のうちに起業して実績をつくる必要があると感じていました。」
インタビューの最後、成井さんはインタビュー収録に参加していたインターン生からの質問に答える形で、自身の哲学を明快に示した。
「未来のことを一旦考えずに、まずは“目の前のことを頑張る”ことも大切ですね。目の前のタスクを他の人よりも100%、150%の力でやり切れなければ、次の大きな山は見えてこないと思います。だから、未来の自分の選択肢を増やすためにも、“今を頑張りきれる自分”であることが、まず大事なんです。」
そして最後に、こう締めくくった。
「頑張った先には、必ず大きな未来があると信じています。トレンダーズ時代、営業力に自信をつけるために“MVPを3回連続で取る”と決めてやり切りました。その目標自体は未来に直結していなかったかもしれないけれど、そこで得た営業力が、次のキャリアの選択肢を広げてくれた。だからこそ今、学生の皆さんに伝えたいのは、“周囲の人の期待に150%で応える、かっこいい自分であれ”ということです。」
筆者の感想
「未来のことは一旦考えずに、まずは目の前のことを頑張ることも大切」
今回、筆者の心に深く刻まれた言葉である。
自分は現在、就活と長期インターンを並行しているが、以前はふとした瞬間にこう思うことがあった。
「今、長期インターンで努力していることは本当に就活に生きるのだろうか」「リソースを割くべきものが他にあるのではないか」と。
しかし、成井さんのこの言葉を聞いて、「何か一つをやり切らなければ見えない景色がある」ということを確信できた。
実際、自分も長期インターンを始めてから、以前の自分とは比べものにならないほど成長できた実感がある。読者の皆さんの中にも、部活動や長期インターン、アルバイトなど、就活とは別に全力で取り組んでいることがある人がいるだろう。
就活との両立に悩むこともあるかもしれない。
もちろん、将来に向けて何にリソースを割くべきかを考えることは大切だ。
それでも、今この瞬間に全力を注ぐことが、結果として未来を形づくるのだと思う。
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